最近はメディアでも取り上げられるようになった、産後のうつ病。マタニティーブルーという言葉もありますが、産後うつ病はより一層深刻なものです。
産後うつ病についての西洋医学的な解説は、MSDマニュアル家庭版などに詳しく記載されています。
本記事では、中医学的な視点から捉えた「産後うつ」について記載していきます。ブログという性質上、あくまで一人の薬剤師の意見としてお読みいただけると幸いです。
「心の問題」だけで片付けられる?
西洋医学における精神的な問題は「脳の機能」として説明されます。脳内の神経伝達を調整する薬と、カウンセリングに代表される心理療法が併用されることが一般的です。
しかし東洋医学の考え方では、精神的な不調を、肉体的な不調の一部として捉えます。
抑うつ状態を、単に「メンタルが弱い」と解釈することはありません。あくまで肉体的に万全でないから、物事を乗り越えていく力が弱っている、という考え方をします。
心と身体には深い関係があります。心の問題を解決するために、身体的な問題を解決していくのが東洋医学の特徴です。
出産で体に起こること
女性にとって、出産は命賭けの大仕事です。妊娠出産で様々な変化が起こりますが、今回は次の2点について取り上げます。
“気血”を大きく消耗する
妊娠と出産には大変なエネルギーが必要です。周知の通り、出産時には体力を大きく消耗し、多くの出血も伴います。中医学的では、“気“と”血“の消耗と捉えます。
“気“が不足すると?
“気虚”と呼ばれる状態で、次のような症状が現れます。
疲労感、元気が出ない、気力がない、倦怠感、物事がおっくう、声が小さい、食欲がない、軟便、出血が止まらない、子宮が収縮しない、など
“血“が不足すると?
“血虚”と呼ばれる状態で、次のような症状が現れます。
精神不安、不眠、動悸、顔色にツヤがない、貧血、髪の毛が抜ける、頭がふらつく、目がかすむ、筋肉の痙攣、便秘など
母乳の原料も”血”だと考えられています。”血”は授乳によりさらに消耗されます。
実は西洋医学的にも、産後の貧血が産後うつのリスクを高めることが明らかになりつつあります(参考文献1,2参照)。ただし貧血の改善が産後うつの改善に繋がるどうかを示した研究は見当たりませんでした。
残った”気血”の巡りが悪くなる
赤ちゃんが生まれた後も、子宮内には胎盤の一部、血液、子宮内膜などの「老廃物」が残っています。産後数日以上、「悪露」として排出されるものです。
身体に利用されなくなった血液の老廃物を、中医学では”瘀血“と呼びます。”瘀血”は体内の”気血”の巡りを悪くします。悪露が順調に排出されれば問題ないのですが、異常が生じた時には”瘀血“の対策を考える必要が出てきます。
気血が滞ることで起こる症状
イライラする、怒りっぽい、情緒不安定、抑うつ状態、痛み、お腹が脹る、出血にレバー状の塊が混じる、など
身体⇨メンタルの順で整えるのも「あり」
「気血の消耗」「気血の滞り」で起こる症状を見ると、産後うつの症状とつながりが見えてくると思います。
“気血”は肉体だけではなく、精神活動のエネルギーにもなります。“気血”が不足したり流れが悪くなると、日常生活の些細なトラブルでも乗り越えることが大変になってきます。乗り越えられなかったことで自己嫌悪に陥り、さらに気血を消耗するという悪循環に陥ります。
「産後は安静にするように」と昔から口うるさいほどに言われてきましたが、「必要以上に気血を消耗しない」ためにも合理的な心がけだと言えるでしょう。必要に応じて漢方薬などでサポートしていくことも有意義です。
産後、精神的に落ち込むのは決して「メンタル」のせいだけではありません。じっくり肉体を整えて、”気血”をしっかりと養ってから物事に向かうことで、解決の道が見えてくるはずです。
参考文献
1) Milad Azami et. al. Association between perinatal anemia and postpartum depression: A prospective cohort study of Japanese women. Int J Gynaecol Obstet. 2020 Jan;148(1):48-52. doi: 10.1002/ijgo.12982. Epub 2019 Oct 9. https://obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ijgo.12982(参照2020-9-25)
2) Milad Azami et. al. The association between anemia and postpartum depression: A systematic review and meta-analysis. aspian J Intern Med. Spring 2019;10(2):115-124. doi: 10.22088/cjim.10.2.115. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6619471/ (参照2020-9-25)